電圧形PWMインバータの基本波周波数成分、キャリア周波数成分の測定

プレシジョンパワーアナライザ WT5000

プレシジョンパワーアナライザWT5000

1.背景

 モーターやコンプレッサなど回転する機器(以降まとめてモーター)のドライバとして PWM 制御を用いたインバータが広く普及しています。それらインバータは、DC ないし商用周波数の入力に対して、モーターを低速から高速まで変化させるように駆動周波数の制御およびトルクの制御がされています。電圧形 PWM 制御のインバータの場合、パルス波のデューティーによって電圧波形の基本波周波数成分を変化させモーター出力等の挙動を変化させます。その際、パルス波形の周波数(キャリア周波数)によって、モーターに流れる電流に含まれる三角波による影響が異なりますので、電流波形をより正弦波に近づけるため、また小型化等のために高周波化が進んでいます。

 

2.課題

 モーターのトルクに深く関連するインバータの基本波周波数成分の測定に関しては、電力計に搭載されている高調波測定機能を用いることで比較的容易に測定が可能となります。
 また高調波測定機能を利用しなくとも、フィルター機能を適切に使用することでも測定が可能です。

 一方のキャリア周波数成分の測定は、単純に全測定帯域の測定値から基本波周波数成分を差し引きくことで近い値は得られます。

 しかし、キャリア周波数成分のみの値を得るためには、高調波測定機能を駆使する必要があります。特に高調波測定機能では、測定原理上周波数分解能があるために周波数軸上で見るとギャップが生じ、全測定帯域に渡って測定することができない場合があります。それらの特性を踏まえて電力計の設定を行う必要があります。さらに、近年のディジタルサンプリング方式の電力計の場合には、適切なフィルターの設定が不可欠で、そのカットオフ周波数の設定によっては測定結果が異なってしまいます。また、サンプリング定理に基づくエリアシングの影響も無視できません。

 

3WT5000 の測定原理と多彩なラインフィルター機能

 インバータの基本波周波数成分、キャリア周波数成分の測定に先駆けて、プレシジョンパワーアナライザ WT5000 の電力測定の測定原理を紹介します。これはディジタルサンプリング方式の電力測定の基本的な原理とも捉えることができますし、特に測定する信号の周期を正確に測定することが大変重要となることが分かります。また、基本波周波数成分の測定や高調波成分の測定に不可欠な多彩なフィルター機能を理解するためにも有効です。

1WT5000 の電力測定の原理

 WT5000 はディジタルサンプリング方式によって電力演算を行います。ディジタルサンプリング方式は、入力された電圧波形と電流波形を同じタイミングでサンプリングし、両者の掛け算からなる瞬時電力を平均化することで電力値を得ます。この際、数周期分の平均値を得ることで測定精度を確保します。

図1 ディジタルサンプリング方式電力計の原理

1 ディジタルサンプリング方式電力計の原理

 ここで重要となるのは、入力信号の周期を正確に測定する点です。特に電圧形 PWM インバータの場合には、電圧波形がパルス状である点、また電流側はパルス波のキャリア周波数の三角波が重畳する正弦波ですので、ゼロクロスポイントで周期を正確に測定することが難しい点です。
 そのため、周期を正確に測るために周波数フィルターが用意されています。この周波数フィルターは単なるローパス設定だけでなくハイパス設定もでき、両者を合わせることでバンドパスフィルターとしても機能しますので、キャリア周波数の測定に役立ちます。さらに周期が途絶えるバースト状波形でもその ON/OFF の周期を測れるようにフィルターとゼロクロスポイントに対しての検出レベルの設定が可能です。

図2 入力信号の周期検出

2 入力信号の周期検出

 一方、WT5000 には周期検出を必要とせずに電力測定を行うディジタルフィルター平均方式も搭載されています。このモードを選択した場合には、基本的には周波数フィルターの設定は不要となります(ただし、基本波周波数を精度よく測定する場合には ON にした方が望ましい)。

図3 WT5000 区間平均方式(上)と ディジタルフィルター平均方式(下)の比較_1

図3 WT5000 区間平均方式(上)と ディジタルフィルター平均方式(下)の比較_2

3 WT5000 区間平均方式(上)とディジタルフィルター平均方式(下)の比較

2WT5000 のラインフィルター機能

 WT5000 には複数のラインフィルターが用意されています。まず、サンプリング定理に基づくエリアシング現象を避けるために、アンチエリアシングフィルターがあります。これは、通常測定と高調波測定の両方に効果のあるカットオフ周波数 1 MHzのアナログフィルターです。そして、通常測定用にカットオフ周波数を 300 kHz 0.1 kHz まで 0.1 kHz 分解能で設定可能なディジタルフィルターがあります。さらに、高調波測定用のディジタルフィルターが通常測定用と同様の仕様にて用意されています。この二つのフィルターは同じ信号に対して独立に設定できますので、例えば、全測定帯域での通常測定を行いながら基本波周波数成分を含む必要な帯域までの高調波成分を同時に測定することも可能です。

図4 WT5000 に搭載されているラインフィルター

4 WT5000 に搭載されているラインフィルター

4.インバータ出力の基本波周波数成分の測定

1) 高調波測定機能を用いた測定方法

 WT5000 の高調波測定機能を用いると容易にインバータ出力の基本波周波数成分の測定が可能です。
 WT5000 の高調波測定機能は、PLL 方式によってモーターの回転周波数に関連する基本波周波数に同期させることができますので、PLL ソースとして電圧ないしは電流に設定します。 

 PLL ソースは通常測定用の同期ソースとは別に設定可能ですが、いずれも周波数測定回路の結果を利用しますので、まずPLL ソース(および同期ソース)の入力の周波数が安定して正確に測定できることを確認する必要があります。

図5 WT5000 の PLL 回路

5 WT5000 PLL 回路

 サンプリング定理より、サンプリング周波数(WT5000 の場合には 10 MS/s)の 1/2 を超える周波数成分は折り返して見えてしまうことから、高い周波数帯域での成分の影響が見込まれる場合にはカットオフ周波数 1 MHz のアンチエリアシングフィルターを ON にします。さらに高調波測定時のリサンプリングによる影響を排除するために、高調波測定用のラインフィルターを ON にします。その際のカットオフ周波数は、基本波周波数成分への影響が極力小さくなるように、基本波周波数の 100 倍程度に設定することが望ましいと考えます。なお、ラインフィルターは測定値に直接影響しますので、カットオフ周波数は調整が必要となる場合が多いと思われます。

2)ラインフィルターを用いた通常測定による基本波周波数成分測定

 上記の高調波測定機能を用いて測定した基本波周波数成分の値を参考として、ラインフィルターを ON にして、キャリア周波数成分を除去して測定します。

図6 ラインフィルターのカットオフ周波数の設定

6 ラインフィルターのカットオフ周波数の設定

 ラインフィルターのカットオフ周波数は、キャリア周波数成分の影響を受けないように、キャリア周波数 1/5 程度の周波数に設定します。この際、カットオフ周波数 1 MHz のアンチエリアシングフィルターは ON にします。

 実測例を紹介します。画面上半分が通常測定の結果、下半分が高調波測定の結果を示しています。基本波周波数は 60 Hz、インバータの設定によるキャリア周波数が15 kHz ですので、高調波測定のカットオフ周波数は 6 kHz(基本波周波数の 100 倍)、通常測定のカットオフ周波数は3 kHz(キャリア周波数の 1/5)に設定しています。通常測定の電圧値、電力値が高調波周波数の基本波周波数成分に近いことがわかります。

図7 通常測定と高調波測定のラインフィルターOFF時(上)とON時(下)の例_1

図7 通常測定と高調波測定のラインフィルターOFF時(上)とON時(下)の例_2

7 通常測定と高調波測定のラインフィルターOFF時(上)とON時(下)の例

5.インバータ出力のキャリア周波数成分の測定

1)全測定帯域の電力値から基本波周波数成分の電力値を差し引く

 キャリア周波数成分の測定として最も単純な方法は、全測定帯域の電力値から基本波周波数成分の電力値を差し引くことが考えられます。これは先に挙げた測定方法で基本波周波数成分を求め、全測定帯域の電力値から差し引くことで得られます。しかしながら、その差分は必ずしもキャリア周波数成分のみの値とは言えません。

図8 通常測定による全測定帯域の測定値と 高調波測定による基本波周波数成分の測定値を用いた キャリア周波数成分の算出_1

図8 通常測定による全測定帯域の測定値と 高調波測定による基本波周波数成分の測定値を用いた キャリア周波数成分の算出_2

8 通常測定による全測定帯域の測定値と
高調波測定による基本波周波数成分の測定値を用いた
キャリア周波数成分の算出
基本波周波数:60 Hz&キャリア周波数:2 kHz(上)
基本波周波数:190 Hz&キャリア周波数:5 kHz(下)

 全測定帯域の電力値には、まず DC 成分が含まれます。また、基本波周波数の高調波成分やキャリア周波数成分の高調波成分も含まれます。さらに、キャリア周波数を超えた高周波成分が含まれる可能性があります。最後の項目はノイズの領域とも考えられますので、一般的にはラインフィルターで除去した方が良いと思われます。実際にその影響はゼロとは言い切れません。

 上記の成分を考慮したうえで、キャリア周波数成分のみの測定方法を以下に説明します。

2)キャリア周波数成分の電力測定

 インバータのキャリア周波数成分の測定は高調波測定機能を利用して行います。既述したように、高調波測定には周波数分解能があり、分解能を上げることでその帯域の成分のみを測定することは可能ですが、設定によっては測定帯域にギャップが生じます。

 具体的には、WT5000 の場合、基本波周波数が 60 Hzで、FFT ポイント数を 8192 に設定した場合には窓幅が 8 波の測定となりますので基本波周波数×1/8 Hzが周波数分解能となり、高調波の次数間では測定を行わないギャップが生じます。

 一方、分解能や精度は甘くなりますが、FFT ポイント数を1024 に設定すると窓幅が 1 波の測定となるため基本波周波数×1 Hz が分解能となり、次数間で測定帯域のギャップは生じません。したがって、高調波成分測定の設定では、FFT ポイント数は 1024 を推奨します。

図9 FFT ポイント数 8192 時の次数間の測定ギャップ

9 FFT ポイント数 8192 時の次数間の測定ギャップ

図10 FFT ポイント数 1024 時の次数間の測定

10 FFT ポイント数 1024 時の次数間の測定

 あるいは、基本波周波数をキャリア周波数のちょうど整数分の 1 になるように設定することでもキャリア周波数成分の測定はおおよそ可能となりますが、大変特殊な条件で、キャリア周波数成分が分散するため取りこぼしが生じる可能性もあります。

 FFT ポイント数が 1024 のとき、高調波測定のリサンプリング周波数が基本波周波数×1024 Hz になりますので、基本波周波数が低い場合にはリサンプリング周波数が十分に高くなくキャリア周波数成分を捉えきれない可能性が高くなります。したがって、キャリア周波数成分を測定する際には可能な限り基本波周波数を高く設定して、リサンプリング周波数を高くする必要があります。

 次に、高調波測定用のラインフィルターの設定を考えます。まず、既述のように高調波測定機能を利用しますので、カットオフ周波数 1 MHz のアンチエリアシングフィルターは ON にします。リサンプリングのためのカットオフ周波数はリサンプリング周波数の 1/10 程度とすることが望ましいと考えます。

 特にキャリア周波数成分の測定に際しては、基本波周波数に関わるリサンプリング周波数とキャリア周波数の差が小さい場合もあることから、提案しているカットオフ周波数ではうまく測定できないケースも出てきます。その際には全測定帯域の値から基本波周波数成分の値を差し引く手法で評価する必要があります。

 また、実際の測定に際しましては、インバータのパルス波がちょうどキャリア周波数にはならない場合があるので、キャリア周波数の近傍で分散される電力値を測定して総和する必要があります。

 

実際の測定例を以下に紹介します。

図11 FFT ポイントを 1024 に設定した際の測定結果(68 次近傍 ≒ 4 kHz に成分を観測)(基本波周波数:60 Hz、キャリア周波数:2 kHz、高調波測定カットオフ周波数:6 kHz)_1

図11 FFT ポイントを 1024 に設定した際の測定結果(68 次近傍 ≒ 4 kHz に成分を観測)(基本波周波数:60 Hz、キャリア周波数:2 kHz、高調波測定カットオフ周波数:6 kHz)_2

11 FFT ポイントを 1024 に設定した際の測定結果(68 次近傍 4 kHz に成分を観測)
(基本波周波数:60 Hz、キャリア周波数:2 kHz、高調波測定カットオフ周波数:6 kHz)

図12 FFT ポイントを 8192 に設定した際の測定結果(キャリア周波数成分が見れない)_1

図12 FFT ポイントを 8192 に設定した際の測定結果(キャリア周波数成分が見れない)_2

12 FFT ポイントを 8192 に設定した際の測定結果(キャリア周波数成分が見れない)
(基本波周波数:60 Hz、キャリア周波数:2 kHz、高調波測定カットオフ周波数:6 kHz

図13 FFT ポイントを 1024 に設定した際の測定結果(54 次近傍 ≒ 10.3 kHz に成分を観測)_1

図13 FFT ポイントを 1024 に設定した際の測定結果(54 次近傍 ≒ 10.3 kHz に成分を観測)_2

13 FFT ポイントを 1024 に設定した際の測定結果(54 次近傍 10.3 kHz に成分を観測)
(基本波周波数:190 Hz、キャリア周波数:5 kHz、高調波測定カットオフ周波数:19 kHz)

図14 FFT ポイントを 8192 に設定した際の測定結果(キャリア周波数成分が見れない)(基本波周波数:190 Hz、キャリア周波数:5 kHz、高調波測定カットオフ周波数:19 kHz)_1

図14 FFT ポイントを 8192 に設定した際の測定結果(キャリア周波数成分が見れない)(基本波周波数:190 Hz、キャリア周波数:5 kHz、高調波測定カットオフ周波数:19 kHz)_2

14 FFT ポイントを 8192 に設定した際の測定結果(キャリア周波数成分が見れない)
(基本波周波数190 Hz、キャリア周波数:5 kHz、高調波測定カットオフ周波数:19 kHz

6.まとめ

 モーター駆動用インバータの基本波周波数成分の測定とキャリア周波数成分の測定の方法に関して WT5000 を例としてその方法を表1にまとめました。

1 インバータの基本波周波数成分、
キャリア周波数成分測定時の設定例

  測定
モード
周波数
フィルター
の設定
ラインフィルターの設定 高調波
測定
の設定
アンチ
エリアシング
フィルター
個別ライン
フィルター
FFT
ポイント数
基本波
成分
測定 
通常
測定
ON
カットオフ
周波数:
2 kHz以下
ON ON
カットオフ
周波数:
キャリア周波数
の1/5倍程度
高調波
測定
同上 ON ON
カットオフ
周波数:
基本波周波数
の100倍程度
1024
キャリア
周波数
成分
測定
高調波
測定
同上 ON 同上 1024

 測定方法にはいくつかの方法がありどれが一番良いとは言えません。基本波周波数成分の測定は比較的に似通った値が得られると思われますが、キャリア周波数成分の測定ではばらつきが大きいと思われます。特にラインフィルターのカットオフ周波数の設定によって値が大きく変わりますので、一番適切と思われる方法で、細かく設定を合わせ込む必要があります。

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