脱炭素社会の実現に向けて、エアコンを含む家電製品の省エネルギー化は急務となっています。特に多くの電気エネルギーを消費するモーターの省エネルギー化を実現するために、スイッチングロスの低減可能なSiCやGaNのような次世代のパワー半導体を用いたインバータの採用が積極的に進められています。
これらの半導体が使用されたインバータは、高温環境や高電圧での動作に優れており、高周波特性を備えています。
また、エアコンや家電製品などに用いられるモーターは、他の業界で使用されるモーターと比較すると小型のものが多く、省スペース化や軽量化が求められます。そのため、次世代パワー半導体は家電業界における効率化推進への貢献が期待されています。
高速で駆動するパワー半導体を測定するためには、オシロスコープと差動プローブを使用する必要があります。このとき、パワー半導体は大きな出力を高速で駆動しているため、差動プローブには広い周波数帯域と高電圧に対応できる最大差動入力電圧が同時に求められます。しかし、一般的にこれらを両立することは難しく、測定できる差動プローブが限られています。
また、インバータのハイサイドにあるパワー半導体のVDSやVGSを測定する際には、差動プローブに優れたCMRR(Common Mode Rejection Ratio:同相信号除去比)が求められます。
CMRRが不十分な場合、同相電圧の影響によってオーバーシュートやリンギングを正確に測定できなくなるためです。パワー半導体の測定では、差動プローブ先端のアクセサリ構成も重要です。高周波を取り扱う特性上、パワー半導体周辺は非常に高密度な回路配置になることが多く、プローブの先端形状により測定ポイントへのアクセスが難しいことがあり、測定精度に影響する場合もあります。
さらに、高精度なスイッチングロスを測定するには、差動プローブと組み合わせるオシロスコープの分解能も重要な要素になります。
702921は最大差動入力電圧1000 V(DC + ACpeak)、702922は最大差動入力電圧2000 V(DC + ACpeak)の定格入力電圧を持ち、大振幅のフローティング信号が測定できます。
差動プローブで高速な信号を測定する場合、ノイズの重畳やオーバーシュートの影響を考慮し、インバータの定格よりも余裕をもった最大差動入力電圧が必要となります。
たとえば、最大差動入力電圧が2000 V(DC + ACpeak)の702922は、1500 V 定格のインバータにおけるFETのVDSを余裕をもって測定可能です。
高速駆動するSiCやGaNのVDSを測定する場合は最大入力電圧の入力ディレーティングにも注意が必要です(図1)。
702921/702922は2 MHzからディレーティングが開始されるため、測定対象が10 MHz・300 V程度の場合、702922で測定できます。
図1 702921/702922の入力ディレーティング
702921/702922は400 MHzの広い周波数帯域を持つため、電圧の急峻な立ち上がりを測定できます。スイッチング電源の効率測定において、立ち上がり波形を再現良く測定することは高精度な効率測定のために重要です。400 MHz帯域により、ns(ナノ秒)レベルの立ち上がり波形を再現良く測定でき、SiCやGaNを用いたインバータの高速スイッチング波形を鈍らせることなく測定可能です。
図1で記載した最大差動入力電圧と合わせて、702921/702922の位置づけを図2に示します。周波数帯域と最大差動入力電圧はトレードオフの関係となりますが、702921/702922は広い周波数帯域と高電圧測定を同時に実現しています。
差動プローブ・FET プローブ・抵抗プローブ製品ラインアップ
図2 702921/702922のラインアップ上の位置づけ
702921/702922は優れたCMRRを持っているため、厳しいノイズ環境下でも影響を相殺して測定できます。特にスイッチング波形の測定において、立ち上がりや立ち下がりの前後に発生するオーバーシュートやリンギングを正確に捉えるためには優れたCMRR(typical)特性が必要となります。
702921/702922のCMRRはDCで-80 dB、10 MHzで-50 dB、100 MHzで-30 dB、400 MHzで-20 dBと非常に優れており、ノイズの影響を受けづらい波形測定が可能です。
図3 同一条件下での従来機種との波形比較
702921/702922では従来機種の100 Ω抵抗アダプタ挿入時と同等の効果が得られる、新規の入力リードを採用しています。
さらに、702921/702922では従来機種のアクセサリラインアップに加え、図4のように小型ピンチャーチップ(/E3オプション)とテストプローブ(/E4オプション)をご用意しています。小型ピンチャーチップ(/E3オプション)を使用すると、図5のように標準付属品と比較し、約100 mm短い先端部となります。
配線密度の高い高周波パワーデバイスの測定環境において重要な接続負荷の低減と、従来機種では接続が難しかったポイントへの容易なアクセスを同時に実現可能です。
図4 702921/702922の先端アクセサリ
図5 入力部周辺の従来機種との比較図
4.5 横河プローブインタフェース
702921/702922は横河プローブインタフェースを採用しており、DLMシリーズと組み合わせることで、減衰比設定と入力インピーダンスなどの設定が自動で設定されます。また、プローブ用の電源を別途用意する必要がありません。これにより、面倒なプローブ設定が不要となり、設定ミスを防止します。
広帯域かつCMRR 特性の優れた702921/702922と、垂直軸分解能12 bitの高分解能オシロスコープDLM3000HD/DLM5000HDを組み合わせて使用することで、より正確な測定が実現します。スイッチングロス(図6のPower)の算出は、スイッチング区間(ターンON/ターンOFF)の出力電圧(VDS)と電流( I D)の積によって求めます。数百Vの出力電圧に対して、ON電圧は数V程度ですが、一般的な8 bitのオシロスコープの場合、これはAD分解能の1~2 bitに過ぎず、精度の高い測定ができません。しかし、高分解能オシロスコープDLM3000HD/DLM5000HDの垂直軸分解能12 bitであれば、この問題を解決可能です。
また、SiC/GaNなどの次世代デバイスは、スイッチング電圧の立ち上がりが高速なため高電圧のリンギングが発生するため、その抑制はインバータなどの設計では重要なポイントとなります。このようなリンギングやノイズ測定にも、高分解能オシロスコープと差動プローブ702921/702922が有効です。
図6 パワー半導体スイッチング測定例
SiCやGaNの立ち上がりは高速なため、デバイスパッケージのインダクタンスや周辺回路の配線インダクタンス、デバイスの寄生容量などの影響により、ドレイン—ソース間に大きなサージとリンギングが発生します。このサージがデバイスの最大定格電圧を超えないようにすることは、コンバータやインバータの重要な設計課題です。
そのため、サージの観測が従来以上に重要となりますが、高分解能オシロスコープを用いることで、より精度の高い測定が可能となります。
たとえば、1000 Vを超えるサージを測定するためにオシロスコープで250 V/divの電圧レンジを選択した場合、垂直軸分解能が8 bitのDLM3000/DLM5000では最小分解能は10 Vとなります。しかし、DLM3000HD/DLM5000HDであれば、最小分解能はこの16分の1となるため、1V以下の現象を確認することができます。
図7 垂直軸分解能による波形の見え方の違い
また、次世代デバイスは従来のデバイスと比較して高速であるだけでなく、高電圧化する傾向もあるため、相乗効果でサージのピーク電圧が非常に大きくなると考えられます。
このため、これまでよりもオシロスコープの電圧レンジを1レンジあるいは2レンジ程度大きく設定せざるを得ませんが、このとき、測定分解能の不足が気になる場合は、高分解能オシロスコープが有効な選択肢となります。
DLM3000HDシリーズは、小型軽量コンパクトながら大容量ロングメモリーと豊富な解析機能で好評いただいてきたDLM3000シリーズが電圧軸分解能を拡張し、メモリーを最大1Gポイント(/M3オプション)まで拡張、入力感度やアクイジションレートなど様々な改善を施した、新設計の4チャネルミックスドシグナルオシロスコープです。
YOKOGAWAのDLM5000HDは、最先端の4/8チャネル高分解能オシロスコープです。コンパクトな8チャネル、垂直軸分解能12ビットのオシロスコープで、複雑な高速波形を高分解能で観測・解析でき、微細なノイズやリンギングなどの確認が容易に行えます。回路チェックからトラブルシューティング、高度なタイミング解析まで、幅広いアプリケーションをカバーしています。