本記事は、計測器専門の情報サイト「TechEyesOnline」からの転載です。
https://www.techeyesonline.com/article/tech-column/detail/Reference-ElectricalSteelSheet-01/
19世紀末から20世紀初めにかけて発電機、モータ、トランスの発明や改良がなされたことにより電力網が整備されて、さまざまな電気を使う機器が急速に普及するようになってきた。電気の長い歴史に興味のある方は電気学会ホームページにある「パリ市立近代美術館「電気の精」のご紹介 (https://www.iee.jp/blog/la_fee_electricite/) 」を参照されることを勧める。また、電気を使った製品を開発するための測定器もこの期間に数多く登場している。
発電機、モータ、トランスは磁気を応用したもので、いずれも磁性材料である鉄心と銅線で作られているコイルの組み合わせによって構成されている。このため磁性材料の性能向上を目指す開発が20世紀の初めから現在まで続いている。特に最近では地球環境問題に対処するために電気自動車の開発が世界規模で行われており、モータに使う高性能な鉄心材料の特性改善が活発に行われている。
鉄の磁気特性を測るための仕組みはドイツの技術者であるジョセフ・エプスタイン(Josef Epstein)が1900年に発表している。ジョセフ・エプスタインが発明した測定装置はエプスタイン試験枠として現在でも規格試験に使われている。日本では横河電機製作所が1935年にエプスタイン枠を作っている。
図1. 横河電機製作所が1935年に作ったエプスタイン試験枠
今回の記事はトランスやモータなどに使われる磁性材料である電磁鋼板とその測定方法について解説を行う。特に磁気材料を介してエネルギー伝送を行う時に生じる鉄損の測定はトランスやモータなどを開発する際の材料評価で必要となるため、今回の記事では実測実験を含めて解説を行う。
記事執筆では横河電機から磁気測定事業を引き継いだメトロン技研 (https://www.metron.co.jp/) の協力を得た。メトロン技研はパワーエレクトロニクス機器に使われている電磁鋼板やアモルファスなどのさまざまな磁性材料の測定を得意とする測定器装置メーカである。
鉄は資源量が多く、安価であるために古くからものづくりの材料として多く使われている。鉄が最も多く使われているのは建築物や自動車などの構造材である。鉄製品を分類するとおおよそ下図のようになる。
図2. 鉄製品の分類
磁性材料である電磁鋼板や磁石は特殊用途鋼に分類される。電磁鋼板はケイ素鋼板とも呼ばれており、トランスやモータなどに使った時の損失が少なくなるように鉄にケイ素を添加している。ケイ素の添加量を多くすると損失は減少するが、鉄に要求される他の性能が悪くなるため、鉄鋼メーカ各社は独自のノウハウを持っており製造プロセスの詳細は秘密扱いとなっている。
磁性材料には電磁鋼板を代表とする軟磁性材料(軟質磁性材料と呼ぶこともある)と磁石を作るための硬磁性材料(硬質磁性材料と呼ぶこともある)がある。それぞれの違いは下図に示すように、外部から磁場を与えたときの挙動の違いがある。
図3. 軟磁性材料と硬磁性材料
出典:軟磁性材料とは(富士フイルムのホームページ「富士フイルムの軟磁性複合材料」
軟磁性材料は外部から磁場を与えたときは磁力を持つが、外部からの磁場を無くすと磁力を失う。硬磁性材料は外部から磁場を与えて、その後磁場を無くしても磁力が保持されて磁石となる。上図では外部からの磁場はコイルに電流を流すことよって与えている。
軟磁性材料である鉄は磁力線を集めて強い磁力を持つ能力がある。下図はコイルに電流を流して電磁石になるが、コイルだけでは磁束(=磁場の強さと方向を示す線の集まり)は空間に広がってしまうため強い磁力を得ることはできない。コイルに釘などの鉄心を入れると磁束が集まって強い磁力を得ることができる。
図4. 磁束密度(B)と磁化力(H)と透磁率(µ)
出典:電磁鋼板とは?(JFEスチールのホームページ)
コイルに電流を流して発生する磁界の強さは磁化力や磁場と呼ばれ、磁性材料を磁化する強さを示すものである。磁化力の単位はアンペア毎メートル(A/m)が使われる。磁化力は「H」で表現される。
磁力は磁束密度として表現できる。磁束密度は単位面積当たりの磁束量で国際単位系(SI)単位ではテスラ(T)が使われる。一部にcgs単位系で表現されることがあり、その際はガウス(G)が使われている。1ミリテスラ=10ガウスで換算できる。磁束密度は「B」と表現される。
磁性材料の磁化のしやすさを表す値を透磁率という。透磁率は磁性材料によって決まった値になっている。透磁率の単位はヘンリー毎メートル(H/m)もしくはニュートン毎平方アンペア(N/A2)で表現される。
比透磁率は真空中の透磁率(=4π×10-7(H/m))に対して磁束がどれくらい磁性材料を通しやすいかを比率で表すものである。鉄は真空中に対して約5000倍の磁束の通しやすさを持っている。このためコイルに鉄心を入れると磁束が集まって強い磁力を得ることができる。
磁性材料には軟磁性材料と硬磁性材料があり、下図に示すように多くの種類がある。用途ごとに要求される性能、コスト、加工性、耐環境性などに応じた磁性材料が選ばれて使われている。例えばトランスのコアに使われる軟磁性材料には電磁鋼板以外にアモルファス、パーマロイ、センダスト、フェライトなどがある。
表1. 磁性材料の種類
出典:平成24年度 特許出願技術動向調査-磁性材料-(特許庁)
電磁鋼板は1900年にイギリスの冶金学者のロバート・ハドフィールド(Robert Abbott Hadfield)によって、鉄にケイ素を加えると鉄損が小さくなることが発見された。日本では1924年に官営八幡製鉄所でドイツ人技師ワルター・ルウォウスキーの指導のもと製造が始まった。その後欧米や日本での開発が進み、第二次大戦後に損失が少ない電磁鋼板が作られるようになった。電気学会では1961年に開発され、1968年から生産された日本製鉄の高磁束密度方向性電磁鋼板(オリエントコアハイビー)がトランスの低損失化に大きく貢献したため、歴史的に記念されるモノとして2020年に「でんきの礎」に登録した。詳しくは電気学会のホームページ (https://www.iee.jp/file/foundation/data02/ishi-13/ishi-1213.pdf) に掲載されている。
表2. 日本での電磁鋼板製造の歴史
出典:電磁鋼板の歴史(松岡英夫、電気学会誌 1986年 106巻 3号)
電磁鋼板には磁化されやすい方向を同じ向きに合わせた方向性電磁鋼板と磁化されやすい方向をランダムにした無方向性電磁鋼板がある。方向性電磁鋼板は磁化される方向が一定のトランスに使われる。無方向性電磁鋼板は磁化される方向が変化するモータに使われる。
図5. 方向性電磁鋼板と無方向性電磁鋼板
最近は自動車の電動化が進み高効率なモータの開発が進むようになった。モータに使われる電磁鋼板は「損失が少なく、大きな力が出せて、鉄としての強度がある」ことが求められる。そのため鉄鋼メーカではモータとしての性能をバランスよく満たす無方向性電磁鋼板の開発をしている。
図6. モータに使われる無方向性電磁鋼板への要求
出典:省エネ・CO2削減に貢献するエコプロダクツ(R) 日本製鉄の電磁鋼板(季刊 ニッポンスチール Vol.04(2020年3月))
鉄の原子は下図に示す体心立法構造で結晶を作っている。鉄の結晶は磁化されやすいほうと磁化されなくい方向がある。この現象は東北帝国大学(現在の東北大学)の本多光太郎と茅誠司によって1926年に発見された。
図7. 鉄の結晶構造と磁化特性
出典:世界の省エネルギーを支える新日鉄の電磁鋼板(NIPPON STEEL MONTHLY 2004 AUGUST&SEPTEMBER VOL.141)
鉄鋼メーカでは電磁鋼板を作るときの製造プロセスを工夫して磁化される方向を制御する。これにより方向性電磁鋼板や無方向性電磁鋼板を作ることができる。それぞれの電磁鋼板上での結晶の並びは下図のようになっている。
図8. 電磁鋼板の結晶分布図
出典:世界の省エネルギーを支える新日鉄の電磁鋼板(NIPPON STEEL MONTHLY 2004 AUGUST&SEPTEMBER VOL.141)
トランスやモータに使う電磁鋼板などの軟磁性材料を評価する項目は下図に示すようになっている。
図9. 電磁鋼板での主な電磁気試験
直流磁化特性試験は磁性材料が消磁された状態から静的な磁場を与えて得られる特性を磁化力(H)と磁束密度(B)の関係で見るのに使われる。交流磁化特性は磁性材料に動的に変化する交流磁場を与えて得られる特性を磁化力(H)と磁束密度(B)の関係で見るのに使われる。鉄損測定は軟磁性材料で生じる損失を得るのに使われる。層間絶縁抵抗試験は表面を絶縁処理した軟磁性材料を積層したときの絶縁抵抗を測るために使われる。磁歪測定試験は軟磁性材料に動的な交流磁場を印加することによる変形を測るときに使われる。
電磁鋼板の磁気特性測定は下記のIEC規格に対応したJIS規格で定められている。
表3. 電磁鋼板の磁気特性測定に関するJIS規格と対応するIEC規格
電磁鋼板の測定で最も基本になるのが直流磁化特性試験である。この試験は古くから行われており、電子測定器が登場する前はメータ(指示計器)を使って測定をしていたためJIS規格などでは現在でもメータを使った測定法が書かれている。
電磁鋼板を測定する際には下記に示すエプスタイン試験枠を使うことが基本となっている。エプスタイン枠の仕様は詳細にJIS C2550-1規格で定められている。
図10. JIS C2550-1規格で定められたエプスタイン試験枠の構造
JIS C2550-1規格に準拠して作られたエプスタイン試験枠は市販されており、電磁鋼板を測定する際に使われている。下記の写真にある空げき補償用コイルの役割は第二回目の記事で解説する。
図11. 市販されているJIS C2550-1規格準拠のエプスタイン試験枠(メトロン技研)
直流磁化特性試験は電磁鋼板のヒステリシス特性を測定するために行うものであり、古くはメータを使っていたが、現在では下図に示すように電子測定器を使って測定を行っている。
図12. エプスタイン試験枠を使った直流磁化特性測定(原理図)
直流磁化特性試験では試験対象の電磁鋼板を井桁(いげた)状に実装したエプスタイン試験枠の一次側に直流電圧源と摺動抵抗器を接続して、摺動抵抗を使って一次側のコイルに流れる電流をゆっくりと変化させる。一次側に流す電流はシャント抵抗器によって電圧に変換して記録計(X-Yレコーダ)に入力する。一次側のコイルに流した電流によって磁化力(磁場)が発生する。磁化力(H)は一次側のコイルに流す電流に比例する。発生した磁化力によってエプスタイン試験枠に実装された電磁鋼板は磁化され、二次側には磁束の変化に応じた電圧が発生する。この電圧を積分することによって磁束密度(B)が得られる。消磁された電磁鋼板を使って直流磁化特性を測ると下図のような図が得られる。
図13. 磁気ヒステリシス曲線
出典:磁性材料を理解するために(福田方勝、特殊鋼 Vol.63 No.5(2014年9月))
直流磁化特性試験を行うことによって磁気ヒステリシス曲線が正確に求められる。
電磁鋼板のような軟磁性体と硬磁性体(磁石)の磁気ヒステリシス曲線は下図のようになる。
図14. 軟磁性材料と硬磁性材料の磁気ヒステリシス曲線
硬磁性体は保磁力が大きいため磁場がないときでも磁束密度を維持できる。電磁鋼板のような軟磁性体は保磁力が小さく透磁率が高いため、磁場を加えることによって磁化されやすく、磁場を取り去ると元に戻りやすい性質を持つことが判る。
交流磁化特性試験ではエプスタイン試験枠の一次側に印加される交流電流の周波数の違いによって電磁鋼板などの磁性材料の鉄損が変化することを測定する。すなわち磁気ヒステリシス曲線の形が違いから鉄損の変化を知ることができる。
交流磁化特性試験では交流信号をエプスタイン試験枠の一次側に印加する。一次側に流れる電流はシャント抵抗によって電圧に変換してメモリレコーダに入力する。磁気ヒステリシス曲線や鉄損はメモリレコーダに記録された波形から各種演算で求められる。
周波数が高い信号を印加する場合はシャント抵抗ではなく広帯域まで使える電流センサを用いることがある。エプスタイン試験枠の二次側に生じる電圧波形をメモリレコーダに入力して積分演算を行うことによって磁束密度(B)を求める。
図15. エプスタイン試験枠を使った交流磁化特性測定(原理図)
交流磁化特性試験では電磁鋼板に生じる渦電流の影響が加わるため、磁気ヒステリシス曲線は周波数が高くなるにしたがってループが広がり丸くなってくる。
図16. 交流磁化特性試験での周波数による磁気ヒステリシス曲線の違い
鉄損測定
鉄損測定は交流の磁界を電磁鋼板に加えたときの材料による損失を測る。鉄鋼メーカは長年に渡って鉄損が少ない電磁鋼板の開発を行ってきた。鉄損の測定は第二回記事に詳細を述べるとともに実測試験を行った結果を示す。
層間絶縁抵抗試験
JIS C2550-4で規定されている電磁鋼板の表面絶縁抵抗を測定する層間絶縁抵抗試験は磁気特性の測定ではないが、渦電流を減らすために積層して使う電磁鋼板では必要な試験である。
磁歪測定試験
電磁鋼板などの磁性体に交流の磁界を加えると形状が変化する現象がある。例えば変電設備から音が聞こえるのはトランスに使われている磁性体の磁歪によるものである。磁歪によって磁性体が変化する量は大きくないので、レーザ変位計を使って非接触で変位量を測る。
<連載記事一覧>
第1回:「はじめに」「電磁鋼板とは」「電磁鋼板の特性を知るための基礎知識」
第2回:「鉄損測定の原理と規格」「鉄損測定の実際」「最近の鉄損測定」「電磁鋼板の測定トレーサビリティ」「おわりに」
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