近年、中波赤外(MWIR)域におけるレーザー技術の研究開発および商用化が急速に進展しています。
MWIR域は、分子の「指紋領域」と呼ばれ、分子の振動に起因する特有の赤外吸収が集中する領域であり、近赤外(NIR)域に比べて赤外吸収効率が高いことから、幅広い分野への応用が期待されています。この特性を活かした高感度なレーザー吸収分光法は、インラインガスモニタリング、環境計測、セキュリティ、ヘルスケア、排気ガス測定など、さまざまなアプリケーションへの展開が急速に進んでいます。
さらに、微細加工の実現、レーザー治療における周辺組織への損傷軽減、リモートセンシング、時間分解分光などの分野では、高いピークエネルギーの供給、熱影響の最小化、高時間分解能の実現といったニーズから、MWIRパルスレーザーの需要が拡大しています。
これらの応用に適したレーザーの開発や基礎研究を目的として、大学や研究機関ではMWIRレーザー技術に関する先駆的な取り組みが進められており、商用化されたレーザーの種類も増加しています。代表的なMWIRレーザーとしては、量子カスケードレーザー(QCL)、インターバンドカスケードレーザー(ICL)、SC 光源を含むファイバーレーザー、さらには光パラメトリック発振器(OPO)をはじめとする非線形光学効果を利用した波長変換レーザーが挙げられます。これらMWIRレーザーの研究開発や生産においては、正確な光スペクトル測定が不可欠です。
連続波(CW)レーザーに加えて、パルスレーザーに対するスペクトル測定のニーズも高まっており、あらゆる発振状態のレーザーに対応し、そのスペクトルを正確に可視化できる高性能な光スペクトラムアナライザが求められています。
図1 光スペクトラムアナライザ AQ6377E
さまざまな分野で需要が高まっているMWIRパルスレーザーですが、その光スペクトルを正確に測定するにはいくつかの課題があります。特に、近赤外域では無視できる程度だった赤外放射の影響が波長2 μmを超えるMWIR 域では顕著となり、光スペクトル測定に大きな影響を及ぼします。
パルス光スペクトル測定において、分散分光方式の光スペクトラムアナライザ(OSA)では時間平均測定や外部トリガ信号による同期測定、またパルス光尖頭値を保持する測定機能が提供されています。AQ6370EシリーズOSAの中でも波長2 μm以上をカバーする3機種には、赤外放射の影響を軽減するための機能が搭載されており、高感度(HIGH)設定時に効果的に作用しますが、その一方で、測定可能なパルス光特性の範囲が狭いことが課題でした。
一方、高感度(HIGH)設定以外ではより広範囲な特性を持つパルス光の測定が可能ですが、赤外放射が背景雑音となるため、測定のダイナミックレンジが制限されるという課題がありました。
アドバンスドパルス光測定(APLM)モード
アドバンスドパルス光測定(APLM)モードは、MWIRパルス光スペクトルを測定する際の課題であった、(1)赤外放射の影響軽減、(2)パルス幅や繰り返し周期などパルス光の対応範囲拡大を同時に実現するために開発した新しいパルス光測定機能です。(特許出願済)
赤外放射の強度およびスペクトルは温度変化に伴って常に変動するため、測定への影響を軽減するには、赤外放射スペクトルの変化時間よりも十分に短い時間間隔で背景補正を行う必要があります。
OSAの測定時間は、測定スパン、測定サンプル数、感度設定によって決定されますが、測定条件によっては測定中に赤外放射スペクトルが変化してしまい、背景補正が過補正あるいは過小補正となる可能性があります。
図2 ALPMモードの概念図
APLMモードは、測定スパンを「n」個のセグメントに分割することで、1セグメントあたりの測定時間を短縮し、各セグメントごとに背景補正を行うことを特徴としています。
セグメント数は、測定スパンとサンプリング時間間隔(感度設定と等価)に基づき、適切な数が自動的に設定されます。また、被測定パルス光の特性に応じて、サンプリング時間間隔またはセグメント数を手動で設定することも可能です。
APLM | 従来のパルス光測定機能 (感度:/CHOP 以外)(感度:/CHOP) |
||
---|---|---|---|
光パルス幅の対応範囲 | 広(制約なし) | 広(50 μs ≦) | 狭(50 ms ≦) |
光パルス繰り返し 周期対応範囲 |
広(10 Hz ≦) | 広(10 kHz ≦) | 狭(1MHz ≦) |
赤外放射の影響度 | 小さい | 大きい | 非常に小さい |
表1 パルス光測定機能の比較
広い測定ダイナミックレンジ
表1に、従来製品とAPLMモードそれぞれにおけるパルス光の対応範囲を示します。APLMモードでは、パルス光の対応範囲が大幅に拡大されていることが分かります。
図3は、従来のパルス光測定機能による測定波形と、APLMモードによる測定波形の比較例です。従来のパルス光測定機能では、赤外放射の影響によるオフセットが波形に重畳されていました。しかし、APLMモードではこのオフセットが大幅に軽減され、広い測定ダイナミックレンジでレーザースペクトルを可視化できます。これにより、MWIRパルスレーザーの高性能化に大きく貢献します。
図3 従来のパルス光測定機能とAPLMモードとの測定波形比較
4.3 μm DFB-ICL(繰り返し周波数:1kHz、パルス幅:500 μs)
5 μmを超える中赤外域に対応した長波長モデル