EV向けインバータ開発における高度な波形解析

背景

背景

近年、地球温暖化に起因し全世界的な脱炭素社会への方向転換の機運が高まる中、自動車を始めとする内燃機関を動力とする乗り物は、モーターを動力源とする電動化が進んでいます。このような中で電動化された自動車のことを電気自動車(EV)と総称します。
EVのモーター制御はインバータで行うのが一般的です。インバータは直流を任意の周波数の交流に変換させる装置であり、バッテリから出力される直流をモーターを回転させるための交流に変換します。この変換には損失を伴い、EVのエネルギー損失の主要因となっており、インバータの変換性能がエネルギー利用効率を決定することになると言えます。
そこで、インバータのエネルギー損失を小さくするために様々な方法が考案されていますが、SiCやGaNのような高速スイッチングデバイスを使う方法は有力な手段の1つであり、既に高級車などで実用化されています。今後、モーター制御を必要とする多くの分野で使用されると考えられています。

 

課題

インバータ全体のエネルギー損失は電力計で測定しますが、損失の主要成分の1つであるパワーデバイスのスイッチング損失は、デバイスの立ち上がりが高速なため、オシロスコープを用いて測定する必要があります。しかしながら、スイッチング損失を求めるためにはカーソル機能を駆使して測定する方法が一般的であり、多くの時間がかかる作業です。
SiCやGaNのような高速デバイスは、信号の立ち上がり時に発生するサージが大きく、これによりデバイス自身や周辺回路などに損傷を与える恐れがあるため、規定値内に収まっているか確認することが必須です。また、インバータはスイッチングデバイスを多数使用するため、動作確認時の測定ポイントが多いことも悩みの1つとなっております。さらに、スイッチングの制御命令はCANなどを使ったシリアルバス通信を通して送信されることが多く、通信コマンドと制御系のタイミング解析などが困難となることがあります。

 

解決策

この資料では、課題で挙げたいくつかの典型的なEV向けイン バータ評価について、高分解能オシロスコープDLM5000HDに搭載されている次のような特長を生かした解決方法を紹介します。

  • 最大周波数帯域500 MHz、最高サンプルレート2.5 GS/s
  • 最大レコード長
    500 Mポイント(全チャネル)、1Gポイント(奇数チャネルのみ)
  • 最大入力
    アナログ 8 ch、ロジック 32 bit+DLMsync機能
  • ADC分解能12 bit
  • スイッチング損失演算機能、2 か所ズーム機能、CAN/LINトリガ・解析機能、ヒストリ機能、 統計メジャー機能

損失測定

パワーデバイスのスイッチング損失は、ターンON/OFF区間の 電圧と電流の積、および導通区間の電流とON抵抗RDS(on)や飽和電圧VCE(sat)などの定数を用いた電力計算から求めるのが一般的ですが、DLMシリーズの電源解析機能のスイッチング損失演算を使うことで、これらの計算を簡単に行うことができます。

スイッチング損失概要

図1 スイッチング損失概要

たとえば、測定対象がMOSFETの場合、スイッチング区間を切り出すための電圧・電流レベル値、およびON抵抗値を入力することにより、以下に記載した損失を電力[W]および電力量[JまたはWh]として簡単に求めることができます。

  • ターンON 損失
  • 導通損失
  • ターンOFF 損失
  • 上記の合計

 1 周期に注目しスイッチング損失を求める

図2 1 周期に注目しスイッチング損失を求める

DLMシリーズでは任意の2か所を同時にズームできるため、図3のように注目する周期のターンON部とターンOFF部を拡大し、リンギングやノイズの状態を確認できます。
併せてサイクル統計メジャーを使用することで、演算対象範囲に含まれるすべての周期に対して、それぞれ損失演算を行い、結果をリスト表示できます。図3は、図2の波形に対してサイクル統計メジャーを適用した例です。ここでは4 種類のパラメータを周期ごとに算出し時系列にリストアップしています。リスト上で任意のセルを選択すると、そのセルに呼応する信号、すなわち周期に対応する波形を示します。この機能により、演算結果に異常が認めらた場合などに、簡単に対応する波形を確認できます。

サイクル統計メジャー機能

図3 サイクル統計メジャー機能

このような機能を使用する際に重要となる性能が最大レコード長です。たとえば、モーター1回転分の波形を取り込み、損失の変動を確認するとします。回転数が1000 rpmの時、1回転に要する時間は60 msです。これをサンプルレート2.5 GS/s、時間軸スケール10 ms/divで測定する場合、250 Mポイントのレコード長が必要です。全チャネルを最大500 Mポイントで取り込み可能なDLM5000HDであれば、測定が可能です。
インバータのキャリア周波数が10 kHzで、モーターが4極の場合、60 ms中に1200サイクルの波形が存在します。それぞれ4種類のパラメータを求める場合、パラメータの全数は4800 個となりますが、DLMシリーズは10万個のパラメータを演算しリスト表示できます。また、保持したパラメータは、ヒストグラムやトレンドグラフ形式で表示できます。

 

測定

SiCやGaNの立ち上がりは高速なため、デバイスパッケージの インダクタンスや周辺回路の配線インダクタンスの影響により、ドレインーソース間に大きなサージが生じます。このサージがデバイスの最大定格電圧を超えないように確認することは、インバータの重要な評価項目となります。ところで、1000 Vに達するサージを測定するため、250 V/divの電圧レンジを選択した時、垂直軸分解能が8 bitのオシロスコープの場合、1divをADCの25 LSBに対応させていることから最小分解能は10 Vとなりますが、この10 V分解能を物足りないと感じる観測者も多いと考えられます。12 bit ADC 搭載のDLM5000HDであれば、最小分解能はこの16分の1となるため、10 V以下の現象を測定する場合に有効です。

垂直軸分解能の異なるモデルによる波形の見え方の違い

図4 垂直軸分解能の異なるモデルによる波形の見え方の違い

ただし、ここで理解しておかなければならないことは、オシロスコープの垂直軸確度の定義は一般的にDCレベルに対してのみであり、その値は電力計と比較すると劣っていることです*。カーソルで読み取った値、あるいはメジャーを使って自動的に計算された値を判定基準として使用する場合は、これらの注意点を前提にしつつ、誤差やばらつきを考慮して平均を取るなど、何らかの統計的な手法が必要になります。
サージ測定の典型的なケースとして、モーターサージの測定について考えます。インバータの出力は、インバータ・モーター間のケーブルのインダクタンスの影響を受けることにより、モーター側で高電圧のサージを発生させ、巻線の絶縁破壊を引き起こす要因となります。SiCなどの立ち上がりが高速なデバイスの場合、この傾向はさらに顕著となります。このため、モーターサージ電圧の確認はモーター開発・製造における必須の評価となります。

*一般広帯ある波領ではシロの確

モーターサージ概要

図5 モーターサージ概要

サージの最大値を測定する際、トリガモードをノーマルにして、サージピーク付近にトリガレベルを設定し、取り込んだ波形の最大値測定する方法が一般的ですが、DLMシリーズのヒストリ機能と統計メジャー機能を併用すると、効率よく作業ができます。
ヒストリ機能とは、取り込んだ波形をメモリーに溜めこみ、後から参照可能にする機能です。レコード長に依存しますが、DLM5000HDの場合、レコード長1.25 kポイントの時、20万個のヒストリ波形を取り込むことができます。

ヒストリ機能

図6 ヒストリ機能

波形を取り込む際、DLMシリーズは取り込み回数を指定でき るので便利です。取り込みのデッドタイムが気になる場合は、トリガモードでNシングルを使用するとデッドタイムを最小1μs以下に抑えることができます。
さらに、ヒストリ統計メジャー機能を使用することにより、ヒストリに積まれた全波形の最大値を求め、統計値(最大、最小、平均、σ、母数)を演算し表示できます。さらに、それぞれの波形の最大値をリスト表示できます。

統計メジャー表示

図7 統計メジャー表示

動作評価

インバータの動作確認においては、通常、非常に多くの測定ポイントがあります。下図8のようなMOSFETの三相インバータの場合、6個のデバイスそれぞれのゲート-ソース間電圧およびドレイン-ソース間電圧を測定すると12ポイントになり、さらに出力電流3系統を観測すると15ポイントとなります。

インバータの測定ポイント例

図8 インバータの測定ポイント例

オーソドックスな4チャネルのオシロスコープを使用してこの測定を行う場合、複数回に分けて測定するか、複数台のオシロスコープを使ってトリガで同期させることで同時に測定できるチャネル数を増やす方法が一般的です。ただし、前者は測定効率が非常に悪く、後者は高速なデバイスではトリガスキューの影響が大きく、デスキューを頻繁に行わなければならないところが難点です。
DLM5000HDでアナログ8チャネルかつ同期運転機能(DLMsync)を使用すればアナログ16チャネル同時測定が可能となります。DLMsyncの設定は非常に簡単で、専用の接続ケーブルで2 台を接続し、メニュー上でボタンを押すだけです。サンプリングクロックレベルで同期し、同期確度は±50 psと高精度です。

 DLMsync機能

図9 DLMsync機能

CAN関連測定

モーターの回転数はインバータで制御されるため、インバータが搭載されるECUは、アクセルや速度計などの操作・表示装置との通信を行います。この通信方式としてCANが用いられることが多いです。
DLMシリーズのCANトリガ・解析機能は、通信内容(ID・データ)や通信エラーでトリガをかけて関連するゲート信号などを確認できるので、タイミング解析やトラブルシュートなどの測定効率アップに繋がります。特に、横河計測が新規開発したシリアルバスオートセットアップは、非常に時間のかかる設定作業をボタン1つ押すことにより自動的にバス解析設定が完了する非常に強力な機能です。CAN信号をデコードして画面に表示したり、リスト形式で表示することも可能です。

図10 CANトリガ・解析機能

図10 CANトリガ・解析機能

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