PV向けインバータ開発における高度な波形解析

PV向けインバータ開発における高度な波形解析

背景

近年、地球温暖化に起因し、全世界的な脱炭素社会への転換が求められています。
石油、石炭、天然ガスなどの化石エネルギーの利用から脱却し、太陽光、風力、水力などのCO2 を排出しない再生可能エネルギーの利用は世界中の多くの国々で推進されています。特に太陽光発電は、枯渇しない、設置場所の自由度が大きい、技術的進歩によりエネルギー変換効率が改善されていることなどいくつかの理由から、再生エネルギーの中でも最も有力な手段とされています。
太陽光発電で得られる直流電力を家庭やオフィス、工場などで利用するには、交流電力に変換する必要がありますが、この役割を果たすのがパワーコンディショナに搭載されたインバータと呼ばれる回路です。電力変換は宿命的に電力損失を伴うため、これを最小限に抑えることが技術的な課題となっています。
加えて、一般家庭における設置スペースの制約から、装置のサイズをいかに小さくするかも同様に重要です。このような状況の中で、SiCやGaNのように高速な次世代パワーデバイスを導入することで、これらの課題を解決しようとする傾向が今後ますます強まると考えられています。

課題

インバータ全体のエネルギー損失は電力計で測定しますが、損失の主要成分の1つであるパワーデバイスのスイッチング損失は、デバイスの立ち上がりが高速なため、オシロスコープを用いて測定する必要があります。取り込んだ波形にカーソルをあて、手計算によりスイッチング損失を求める作業は、時間がかかり、面倒です。
SiCやGaNのような高速デバイスは、信号の立ち上がり時に発生するサージが大きく、デバイス自身や周辺回路などに損傷を与える恐れがあるため、設計値内に収まっているか確認することが必須です。また、インバータはスイッチングデバイスを多数使用するため、動作確認時の測定ポイントが多いことも悩みの 1つです。さらに、装置の制御や監視はRS-485によるシリアル通信(UART)を介して行われることが多く、通信コマンドと制御系のタイミング解析などが困難となることがあります。

DLM5000HD による課題解決

この資料では、課題で挙げたいくつかの典型的なPV 向けインバータの評価について、高分解能オシロスコープDLM5000HDの次のような特長を生かした解決方法を紹介します。

  • 最大周波数帯域500 MHz、最高サンプルレート2.5 GS/s
  • 最大レコード長
    500 Mポイント(全チャネル)、1Gポイント(奇数チャネルのみ)
  • 最大入力
    アナログ 8 ch、ロジック 32 bit+DLMsync機能
  • ADC分解能12 bit
  • スイッチング損失演算機能、2 か所ズーム機能、UARTトリガ・解析機能、ヒストリ機能 、統計メジャー機能

スイッチング損失測定

パワーデバイスのスイッチング損失は、ターンON/OFF 区間の電圧と電流の積、および導通区間の電流とON 抵抗RDS(on)や飽和電圧VCE(sat)などの定数を用いた電力計算から求めるのが一般的ですが、DLMシリーズの電源解析機能のスイッチング損失演算を使うことで、これらの計算を簡単に行うことができます。

図1   スイッチング損失概要

図1 スイッチング損失概要

たとえば測定対象がMOSFETの場合、スイッチング区間を切り出すための電圧・電流レベル値、およびON 抵抗値を入力することにより、以下に記載した損失を電力[W]および電力量 [JまたはWh]として簡単に求めることができます。

  • ターンON 損失
  • 導通損失
  • ターンOFF 損失
  • 上記の合計

図2 1周期に注目しスイッチング損失を求める

図2 1周期に注目しスイッチング損失を求める

DLMシリーズでは任意の2箇所を同時にズームできるため、図2のように注目する周期のターンON 部とターンOFF 部を拡大し、リンギングやノイズの状態を確認できます。
さらに、サイクル統計メジャーを使用することで、演算対象範囲に含まれるすべての周期に対して、それぞれ損失演算を行い、結果をリスト表示できます。図3は、図2の波形に対してサイクル統計メジャーを適用した例です。ここでは前述した4 種類の電力パラメータを周期ごとに算出し、時系列にリストアップしています。リスト上で任意のセルを選択すると、そのセルの値を求めるために参照した波形1周期をズームウィンドウに表示します。この機能により、演算結果に異常が認められた場合などに、簡単に対応する波形を確認することができます。

図3   サイクル統計メジャー機能

図3 サイクル統計メジャー機能

このような機能を使用する際に重要となる性能が最大レコード長です。例えば、商用周波数50Hzの1周期、すなわち20ms 分の波形を取り込み、損失の変動を確認するとします。これをサンプルレート2.5GS/s、時間軸スケール2ms/divで測定する場合、50 Mポイントのレコード長が必要ですが、全チャネルを最大500 Mポイント(オプション。標準モデルは最大50 Mポイント)で取り込み可能なDLM5000HDであれば、測定が可能です。
インバータのキャリア周波数が10 kHzの場合、20 ms中に 200サイクルの波形が存在します。その1サイクルそれぞれに対して4種類のパラメータを求めると、パラメータの全数は 800 個となりますが、DLMシリーズは、この全パラメータを演算し保持することができます。これらのパラメータは、リスト表示するだけでなく、ヒストグラムやトレンドグラフ形式で表示することも可能です。また、CSV 形式のファイルとして保存することもできます。

サージ・リンギング測定

SiCやGaNの立ち上りは高速なため、デバイスパッケージのインダクタンスや周辺回路の配線インダクタンス、デバイスの寄生容量などの影響により、ドレイン–ソース間に大きなサージとリンギングが発生します。このサージがデバイスの最大定格電圧を超えないようにチェックすることは、インバータの重要な評価項目となります。
1000 Vに達するサージを測定するために250 V/divの電圧レンジを選択した場合、垂直軸分解能が8 bitのオシロスコープでは、1divをADCの25 LSBに対応させていることから最小分解能は10 Vとなります。この10 V分解能を物足りないと感じる観測者も多いと考えられます。しかし、12 bit ADC搭載のDLM5000HDであれば、最小分解能はこの16 分の1となるため、10 V以下の現象を測定する場合に有効です。

図4 垂直軸分解能の異なるモデルによる波形の見え方の違い

図4 垂直軸分解能の異なるモデルによる波形の見え方の違い

電力変換の高効率化や装置の小型・軽量化などの観点から、太陽光発電の電圧を引き上げる動きが以前よりありましたが、最近では、定格電圧が1500 V以上のSiCの生産が可能となり、この流れが加速しつつあります。高電圧SiCの導入により、立ち上がり時間と定格電圧が共にアップするため、相乗効果でサージのピーク電圧は非常に大きくなることが予想されます。

図5   高速・高電圧デバイスにおけるサージ電圧の傾向

図5 高速・高電圧デバイスにおけるサージ電圧の傾向

このため、これまでよりもオシロスコープの電圧レンジを1レンジあるいは2レンジ程度大きく設定せざるを得ませんが、このとき測定分解能の劣化が気になるようであれば、高分解能オシロスコープが有効な選択肢となります。
ただし、ここで理解しておかなければならないのは、オシロスコープの垂直軸確度の定義は一般的にDCレベルに対してのみであり、その値は電力計と比較すると劣っていることです*。カーソルで読み取った値、あるいはメジャーを使って自動的に計算された値を判定基準として使用する場合、これらの注意点を前提にしつつ、誤差やばらつきを考慮して平均を取るなど、何らかの統計的な手法が必要になります。

* オシロスコープは一般的に電力計と比べて広帯域であるため、高周波領域でオシロスコープの確からしさのほうが高くなる場合もあります。

サージの最大値を測定する際、トリガモードをノーマルにして、サージピーク付近にトリガレベルを設定し、取り込んだ波形の最大値を測定する方法がよく用いられますが、DLMシリーズのヒストリ機能と統計メジャー機能を併用すると、作業を効率化できます。
ヒストリ機能とは、取り込んだ波形をメモリに溜めこみ、後から参照可能にする機能です。レコード長に依存しますが、 DLM5000HDの場合、レコード長1.25 kポイントのとき、 20 万個のヒストリ波形を取り込むことができます。

図6   ヒストリ機能

図6 ヒストリ機能

DLMシリーズは通常モードで取り込み回数を指定することが可能です。この際、取り込みのデッドタイムが気になる場合は、トリガモードでNシングルを使用しますとデッドタイムを最小 1µs以下に抑えることができます。
さらに、ヒストリ統計メジャー機能を使用することで、ヒストリに保存された全波形の最大値を求め、統計値(最大、最小、平均、σ、母数)を演算し表示することができます。

インバータ動作評価

インバータの動作確認においては、通常、非常の多くの測定ポイントが存在します。図7のようなMOSFETの三相インバータの場合、6 個のデバイスのそれぞれのゲート–ソース間電圧およびドレイン–ソース間電圧を測定すると12ポイントになり、さらに出力電流3系統を観測すると15ポイントとなります。

図7 インバータの測定ポイント例

図7 インバータの測定ポイント例

オーソドックスな4チャネルのオシロスコープを使用してこの測定を行う場合、複数回に分けて測定するか、複数台のオシロスコープを使ってトリガで同期させることで同時に測定できるチャネル数を増やす方法が一般的です。ただし、前者は測定効率が非常に悪く、後者は、特に高速なデバイスにおいてトリガスキューの影響が大きく、オシロスコープ間のデスキューを頻繁に行わなければならないところが難点です。
DLM5000HDを使えば、アナログ8チャネル、かつ同期運転機能(DLMsync)を用いることによりアナログ16チャネル同時測定が可能となります。DLMsyncの設定は非常に簡単で、専用の接続ケーブルで2 台を接続し、メニュー上でボタンを押すだけです。サンプリングクロックレベルで同期し、同期確度は ±50 psと高精度です。

図8 DLMsync機能

図8 DLMsync機能

UART信号と関連付けた測定

多くのパワーコンディショナは外部との通信用にRS-485インタフェースを装備しており、UART ベースのシリアル通信によって制御コマンドを受け付けたり、内部情報を出力したりします。外部機器との接続性に関するタイミング解析やトラブルシュートなどの際に、DLMシリーズのUARTトリガ・解析機能が役に立ちます。この機能を使えば、通信内容に対してデータパターン、すなわちコマンドでトリガをかけたり、波形を元に通信内容をデコードして画面に表示したりすることができます。またデコード内容の詳細をリスト形式で表示したり、CSV 形式のファイルとして保存することもできます。
YOKOGAWA 独自のシリアルバスオートセットアップは、通信速度(ボーレート)などの仕様を知らなくても、ワンタッチで波形からデコードに必要な各種パラメータを検出し、自動的に設定を行う非常に強力な機能です。

図9   CANトリガ・解析機能

図9 CANトリガ・解析機能

関連業種

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高分解能オシロスコープ DLM5000HDシリーズ

YOKOGAWAのDLM5000HDは、最先端の4/8チャネル高分解能オシロスコープです。コンパクトな8チャネル、垂直軸分解能12ビットのオシロスコープで、複雑な高速波形を高分解能で観測・解析でき、微細なノイズやリンギングなどの確認が容易に行えます。回路チェックからトラブルシューティング、高度なタイミング解析まで、幅広いアプリケーションをカバーしています。

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