パワーコンディショナにおけるスイッチング損失解析

パワーコンディショナにおけるスイッチング損失解析

背景

近年、地球温暖化に起因し、全世界的な脱炭素社会への転換が求められています。
石油、石炭、天然ガスなどの化石エネルギーの利用から脱却し、太陽光、風力、水力などのCO2 を排出しない再生可能エネルギーの利用は、世界中の多くの国々で推進されています。特に太陽光発電は、枯渇しない、設置場所の自由度が大きい、技術的進歩によりエネルギー変換効率が改善されていることなどの理由から、再生エネルギーの中でも最も有力な手段とされています。
太陽光発電は、得られる直流電力を家庭やオフィス、工場などで利用するには、交流電力に変換する必要がありますが、この役割を果たすのがパワーコンディショナに搭載されたインバータと呼ばれる回路です。パワーコンディショナでは、入力された直流をDC-DCコンバータで昇圧・正規化し、その後インバータで直流を交流に変換します。コンバータやインバータは、複数のパワーデバイスが使用され、各々がスイッチング動作を行うことで電力変換を実現しますが、この動作により熱が発生し損失となります。この損失はスイッチング損失と呼ばれ、パワーコンディショナの電力損失の主な要因の1つです。

課題

パワーコンディショナの設計者は、スイッチング損失を極力減少させるため、回路を工夫したり、より高性能なスイッチングデバイスを使用したりしますが、その効果を確認するためには正確な損失測定が重要です。この測定は通常、オシロスコープで取り込んだスイッチングデバイスの出力電圧および電流波形により行います。しかし、波形にカーソルをあて、手計算でスイッチング損失を求める方法は工数がかかり、時間を要するだけでなく、属人性が大きいという問題があります。
また、SiCなどの次世代パワーデバイスの登場により、さらなる高効率化を求めて太陽光発電の出力を高電圧化する流れがありますが、これに伴い、パワーコンディショナの内部で扱う電圧も上がるため、測定時にオシロスコープの電圧レンジをこれまでよりも高電圧側に上げる必要があり、相対的に測定分解能が低下します。これにより、損失測定の分解能が低下するばかりでなく、次世代デバイスの高速な立ち上がりに伴う鋭いサージやリンギングを細かく観測することが難しくなるという問題があります。

高分解能オシロスコープによる解決策

この資料では、パワーデバイスのスイッチング損失測定に関する上述課題を、高分解能オシロスコープDLM3000HD/ DLM5000HDの特長を生かして解決する方法を紹介します。

  • 最大周波数帯域500 MHz、最高サンプルレート2.5 GS/s
  • 最大レコード長
    500 Mポイント(全チャネル)、1Gポイント(奇数チャネルのみ)
  • 最大入力
    DLM3000HD:アナログ4 ch/アナログ3 ch+ロジック8 bit
    DLM5000HD:アナログ8 ch+ロジック32 bit
    DLMsync 機能でそれぞれ2 台連結することにより入力を倍増
  • ADC分解能12 bit
  • スイッチング損失演算機能、2 か所ズーム機能、統計メジャー機能

電源解析機能(/G3 オプション

DLM3000HD/DLM5000HDでは、電源解 析機能(/G3オプション)を提供しております。本資料で紹介する自動デスキュー機能やスイッチング損失演算はこのオプションに搭載された機能です。

測定の準備

精度の良い測定するために、次の手順にしたがって準備を行います。

  1. オシロスコープを十分にウォームアップ(30 分以上)
  2. キャリブレーション実行
  3. 電圧プローブのゼロ調整
  4. 電流プローブの消磁、およびゼロ調整
  5. 電圧プローブと電流プローブの伝達時間差の補正(デスキュー)

5については、各プローブの伝搬遅延がスペックされている場合、その値を使用しても問題ありません。不明な場合は、デスキュー調整信号源701936を使用して、自動デスキューを実行するのが簡単かつ確実です。

スイッチング損失測定

パワーデバイスのスイッチング損失は、図1に示すように、ターンON/OFF区間のスイッチング損失に、ON 区間の導通損失を加えたものとして扱うのが一般的です。

図1   スイッチング損失概要

図1 スイッチング損失概要

DLMシリーズのスイッチング損失演算では、図2のような波形に対し、T1–T5 の1 周期を対象にして、各区間の電力損失を次の式で求めます。ここで、RDS(on) はMOSFETのオン抵抗、 VCE(sat) はIGBTの飽和電圧を表します。なお、OFF 区間(T4– T5)の損失はゼロとして扱います。

スイッチング損失演算

図2   測定区間と基準レベル

図2 測定区間と基準レベル

演算を行うために必要なパラメータは次の3つです。

  1. ON抵抗値、または飽和電圧値
  2. U Level:T2(ターンON 終了)、T3(ターンOFF 開始)を決定するための基準電圧。
  3. I Level:T1/T5(ターンON 開始)、T4(ターンOFF 終了)を決定するための基準電流。

1はデバイスのデータシートに記載された値を用いますが、 2、3は測定者が適宜決定しなければなりません。測定を標準化するためには、たとえば波形のHigh–Lowのx%など、何らかの指針を確立する必要があります。
損失の演算結果は、電力[W]および電力量[JまたはWh]として、以下の4種類を表示することができます。

  • ターンON 損失
  • 導通損失
  • ターンOFF 損失
  • 上記3つの合計

図3は、SiCのスイッチング損失を実測した例です。測定範 囲を制限することにより、複数の周期の中から1つの周期に注目し損失を求めています。DLMシリーズでは任意の2か所を同時にズームできるため、ターンON 部とターンOFF 部を拡大し、サージやリンギングの状態を確認することができ、非常に便利です。

図3 1周期に注目しスイッチング損失を求める

図3 1周期に注目しスイッチング損失を求める

複数周期に対する統計的な損失測定

併せてサイクル統計メジャーを使用することで、演算対象範囲に含まれるすべての周期に対して、それぞれ損失演算を行い、結果をリスト表示することができます。図4は、図3の波形全周期を対象にしてサイクル統計メジャーを適用した例です。ここでは前述した4種類の電力パラメータを各周期ごとに算出し、時系列にリストアップしています。リスト上で任意のセルを選択すると、そのセルの値を求めるために参照した1周期をズームウィンドウに表示します。この機能により、演算結果に異常が認められた場合などに、簡単に対応する波形を確認することができます。

図4   サイクル統計メジャー機能

図4 サイクル統計メジャー機能

高電圧化への備え

昨今、定格電圧が1500 V以上のSiCの生産が可能となり、メガソーラーを中心に太陽光発電の大電圧化の流れが加速しています。特に、IGBTをSiCに置き換えて高電圧化を実現する場合、定格電圧がアップするばかりでなく、スイッチングの立ち上がり時間が高速になるため、相乗効果でサージのピーク電圧は非常に大きくなることが予想されます(図5)。このため、これまでよりもオシロスコープの電圧レンジを1~2レンジ大きく設定しなければなりません。この時、スイッチング損失測定における分解能の低下が気になる場合は高分解能オシロスコープが選択肢となります。

図5   高速・高電圧デバイスにおけるサージ電圧の傾向

図5 高速・高電圧デバイスにおけるサージ電圧の傾向

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