プレシジョンパワーアナライザWT5000
背景
インバータ駆動モーターなどの歪んだ波形の電圧実効値や電力値を求める際には、一般にサンプルレートの高い高精度な電力測定器を用いて測定しますが、同時に波形観測や波形データの保存を行う場合が多いと思われます。そのため、電力測定器とともに絶縁入力あるいは差動入力が可能なオシロスコープや高速データロガーを用意する必要があります。
一方、電力測定器の中にはサンプリングされた生の波形データ、ないしはそれに準ずる波形データを出力できるモデルがあることから、その波形データを用いて実効値や電力値を演算し、電力測定器の測定結果と比較して確認するニーズがあります。それらの波形データは電力演算を行っている元データそのものとなることから、異常な事象の際に波形データまで立ち返って原因調査を行うことができるなど、大変有益なデータと言えます。
課題
横河計測の電力測定器のプレシジョンパワースコープPX8000では、サンプリングされた波形データをPX8000本体と専用ソフトウェアPowerViewerPlus 760881で共有でき、本体とソフトウェア両者で同じ演算を行うことで、電圧実効値や電力値をPC 側で得ることが可能です。
一方、プレシジョンパワーアナライザWT5000では、波形データの連続出力が可能なデータストリーミング(DS)オプションがあるものの、その波形データを活用して電圧値、電流値、あるいは電力値を演算する方法は提供しておりませんでした。これは、より高精度の数値データとしてWT5000そのものの測定結果を利用することを推奨していたためでした。
そこで今回は、最大8波形との制約はありますが統合計測ソフトウェアプラットフォームIS8000のサイクル統計演算の機能を活用して、電圧値(実効値)や電力値(平均値)の演算結果がどの程度の精度であるか検証しました。
WT5000のデータストリーミング(DS)機能
DS 機能(オプション)は、WT5000に入力した波形信号を“連続で、数値と同期させて”PCへ出力できる機能です。WT5000のサンプルレートは10 MS/sですので、それを単純間引きした波形データがPCに出力されます。
PCへ連続出力(ストリーミング)可能な波形信号は、全電圧入力、全電流入力、モーター出力(回転速度、トルク)です。また、サンプルレートは選択式で10 kS/s~2 MS/sとなり、波形の数によって制約があります。プログラミング用の通信コマンドを用意していますが、ビューアソフトウェアWTViewerE、ないしは統合計測ソフトウェアプラットフォームIS8000で簡単に取り込むことが可能で、データ保存やCSV 変換ができます。
IS8000のサイクル統計演算
IS8000のサイクル統計演算は、波形データに含まれる周期信号をもとに1周期ごとに波形パラメータを演算する機能で、オシロスコープDLMシリーズおよび高速データロガーのスコープコーダといった波形測定器や、WT5000のDS 機能で取得した波形データで波形パラメータを演算します。
波形パラメータには電圧縦軸に関する演算項目(Peak toPeak/Amplitude/Maximum/Minimumなど)、時間横軸に関する演算項目(Rise/Fall/Frequency/Periodなど)、さらに面積に関する演算項目(Integ1TY/Integ2TY/Integ1XY/Integ2XY)があります。
指定された信号に対して周期を検出する方法は、ディスタル/メシアル/プロキシマルの各ライン設定で決定され、入力信号の0から100の“%” 設定、あるいは任意数値の物理量を入力できる“Unit”設定があります(図1 参照)。
図1 周期検出のライン設定
これらの項目の中で、縦軸に関する演算項目の実効値RMSと、波形演算MATH機能を用いた瞬時電圧と瞬時電流の積による瞬時電力の平均値(AVERAGE)に対して、周期の検出を工夫することで比較的精度の良い演算結果を得ることができます。
実効値と電力値の演算設定
実際の設定と測定について、紹介します。
WT5000のサンプルレートは最高10 MS/sですが、DS 機能は最高2 MS/sと本体に対して1/5 以下となっていますので、実効値や電力値を演算する際にはできる限りサンプルレートを速く設定する必要があります。これにより、より正確な演算結果を得ることができます。
DS 機能の波形データを出力する波形の数と最高サンプルレートの関係は図2の通りです。
図2 WT5000のDS機能における波形の数と最高サンプルレートの関係
実際の操作、設定は以下の通りです。
IS8000のDAQ(WT)の設定でDS 機能をONにして波形データを取得します。その際にサンプルレートはできる限り高く設定します(図3参照)。
図3 IS8000におけるDS 機能の設定
得られた波形データに対して、MATH機能で電圧と電流の掛け算を設定します(図4参照)。
図4 IS8000における演算式の設定
(MATH 1に瞬時電力演算を設定)
続いて、波形パラメータ設定でサイクル統計演算を選択します。
電圧(WU1)と電流(WI 1)は実効値なのでRmsを選択し、電力は瞬時電力を平均する必要があるためMath1でAvgを選択します(図5参照)。
図5 IS8000におけるサイクル統計演算の設定
さらに、周期の検出を正確にするために、チャネル設定で最もノイズが少なく正弦波に近い波形を選択し、ディスタル/メシアル/プロキシマルの各ラインを設定します(図6 参照)。
図6 電圧・電力値異常時の波形データ観測例1
基準入力(LS3300)による検証
周期検出のためのディスタル/メシアル/プロキシマル設定を含めた検証を行うために、電力校正装置となるLS3300から基準波形を入力して演算し、WT5000本体による測定値との比較を行いました。基準入力なので、WT5000の測定結果は、設定値どおりになります。
図7 LS3300とWT5000の接続
図8 LS3300からの出力に対するWT5000 本体での測定結果
図9 電流波形を周期検出信号とした際の
IS8000のサイクル統計演算の結果
上記の結果より、WT5000のDS 機能による波形データを用いてIS8000のサイクル統計演算をした結果は、平均することでWT5000の測定結果とほぼ同じ値になることが分かります。
インバータ入力による検証
次に、PWMインバータの出力に関してWT5000本体の測定値との検証を行いました。
電圧形PWMインバータの場合、電圧波形はパルス状の波形となるため、基本波周波数の周期の検出が難しくなります。また、電流波形に対してもキャリア周波数の三角波が重畳し、微小入力の場合にはさらにノイズが乗り易くなるため、こちらも周期検出が難しくなります。
そのため、今回は空いている入力エレメント(CH4)に、より正弦波に近い電流を入力し、その入力に対してラインフィルターをONして極力ノイズが少なく理想に近い正弦波となるように設定し、その波形を周期検出の信号として利用しました(図9参照)。サイクル統計演算のデフォルト設定であるOwnの場合との比較も行いましたが、その違いは歴然となっておりました。
図10 今回の接続方法
図11 WT5000における測定結果
(インバータの電圧波形(U1)、電流波形 (I1)、周期検出用のラインフィルターをONした電流波形 (I4))
図11より、WT5000の測定値はIS8000のサイクル統計演算と比較する参照値となります。また、下部の周期検出を行うエレメント4の波形はほぼ正弦波となり、PWMパルス状のエレメント1の電圧波形や、ノイズが多い電流波形よりもゼロクロスポイントが判別しやすくなっていることが分かります。
図12 CH4 波形を周期検出に用いた場合の測定結果
図13 波形検出をデフォルトOwnとして演算させた結果
( 電力値が大きく異なっている)
まとめ
WT5000のDS 機能で得られる電圧と電流の波形データを、IS8000のサイクル統計演算機能で演算する事例について考察しました。
サイクル統計演算は最大8波形に限定されますが、周期検出の信号のノイズをラインフィルターで除去し、周期検出の設定をゼロクロスに近いレベルにすることで、WT5000本体で測定する数値とほぼ同等の結果を得られることが分かりました。波形データは通常と異なる事象が起きた際に解析が可能になる貴重な情報となります。そのデータをうまく利用して数値データとの相関を確認することが大変有益であり重要です。
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